3月のこと。4月に出るという新刊で、周囲がかなりザワついているものがありました。
耳慣れない作家のまだ発売もしていない本なのに、出版社がやたらと推してくるし、当店の文芸書担当が、見たことがないくらい目を輝かせていました。

そうして(一部の界隈で)鳴り物入りで発売されたのが、今回ご紹介する『スモールワールズ』です。

ままならない現実を抱えて生きる人たちの6つの物語

この短編集に収録されている6編で描かれているのは、事件というほどには大きくない日常。
しかし、これらを読んで動かされる心の振幅は、今まで感じたことがないほど大きいものでした。

ある男女の出会いと逢瀬を描いたひとつめの短編『ネオンテトラ』は、単に切ないお話なのではありません。「心臓をかきむしりたくなるほど」切ないストーリーなのです。
武将のように豪放磊落な出戻りの姉とその秘密のお話である『魔王の帰還』や、初孫の死と疑惑にさらされるその家族を描いた『ピクニック』について、心温まる話・背筋がぞっとするような物語、で済ませて良いはずがありません。
それは「30分間みっちりと半身浴をしたくらい心が暖まる」短編小説であり、「脊髄を爪でなぞられたかのような戦慄を覚える」物語なのです。

ですが、言葉を重ねて伝えようとするほどに、この短編集の良さの本当のところからは遠ざかっているかもしれません。
「これはとても良い本です」くらいが適切なのかも。

公式サイトでは本編未収録の『回転晩餐会』が無料で読めますので、この珠玉の短編集の端緒に触れてみるのはいかがでしょうか。
スモールワールズ
一穂 ミチ/著
講談社
1,650円(税込)