古代から科学者や哲学者が繰り返し行ってきた思考実験は、人々の知への探求心をかきたて、創作の世界にもインスピレーションを与えてきました。
作者が意図してか否かはさておき、それらがテーマとなった小説・漫画10作品をご紹介します。
夕木春央/著 講談社
913円
【トロッコ問題:制御不能のトロッコの軌道上にいる人間のうち、誰を救い誰を見捨てるかについての倫理を問う問題】 山奥の地下建築を訪れた10人。夜露をしのぐだけのはずが、未明に起きた地震により脱出不能となってしまう。さらに水没のリミットが迫る中、殺人事件が起こる。驚愕の展開が話題となった、ミステリの新たな名作。
田中靖規/著 集英社
660円
【スワンプマン:ある男とまったく同じ容姿・組成、記憶・知識、行動様式を持つ沼男と元の人間の同一性を問う】 主人公・慎平は幼馴染の潮の葬儀のため、生まれ育った島に帰郷する。潮の死には不可解な点が。そこには「影」――島に言い伝えられる、自分と同じ姿と記憶を持つ怪物――の存在が朧げに見えて―――タイムリープ・サスペンス漫画の傑作。
円城塔/著 新潮社
539円
【中国語の部屋:小部屋に閉じ込められた中国語を理解しない人が、マニュアルに従って外部と中国語のコミュニケーションを行う状況を想定し、機能・効率と意思の関りを論じる】 文章の自動生成プログラムを開発した叔父から、姪に宛てた奇妙な手紙(?)の数々。理解するのはほとんど不可能だが面白い、そんな不思議な体験ができるのが円城作品。
高野和明/著 KADOKAWA
836円
【ラプラスの悪魔:現在のあらゆる物理的状況を理解しているがゆえに、因果律に従って未来のあらゆる状況も把握するという架空の存在】 日本の大学院生が目撃した亡父の研究。アメリカ人傭兵が受けた極秘の暗殺依頼。それらは人類の危機と希望が大きな渦となる端緒だった。一瞬で過ぎ去る600ページを体感してほしい。
R・A・ラファティ/著 早川書房
1,540円
【無限の猿定理:サルがタイプライターをたたき続けたらいつかは偶然にシェイクスピアの作品を打ち出す、という例えで知られる定理】 アメリカのSF作家、R・A・ラファティの短編集。『寿限無、寿限無』では、天使のボッシュが刑罰として、サルたちがタイプライターでシェイクスピア作品をたたき出すのを監督する羽目に。何兆回も宇宙が生まれ消える壮大さとサラリーマン的悲哀を感じさせる一編。
麻耶雄嵩/著 講談社
726円
【シュレーディンガーの猫:50%の確率で毒が発生する装置の中に猫を密封したとき、猫が生きている状態と死んでいる状態が併存し、中を観測するまで確定されないとする思考実験】 個人的「日本三大どういう心持ちで読めばいいか分からない作家」のひとり、麻耶雄嵩が生み出した「銘」探偵・メルカトル鮎の物語5篇。鮮やかなロジックと不条理が並存する怪作。
垣根涼介/著 KADOKAWA
836円
【モンティ・ホール問題:アメリカのゲームショー番組に由来する確率問題。直感的に正しいと思える正解と実際の正解が異なることで知られ、多くの数学者を巻き込んだ大論争となった】 1560年、明智光秀は兵法者・新九郎と博徒でもある破戒僧・愚息と出会う。その出会いは六角氏攻略を成さしめ、本能寺の変の遠因となっていく。キャラクター造形の秀逸さにも注目したい。
フィリップ・K・ディック/著 早川書房
990円
【チューリングテスト:機械との質疑応答により、その機械が「人間的」かどうかを判定するテスト】 賞金稼ぎのデッカードが脱走したアンドロイドたちを追う名作SF小説。映画『ブレードランナー』の原作として知られるが、かなり違うので好きな方はぜひ一読を。人間とは?ということや主人公の内面、どこか退廃した世界などがより詳細に描かれている。
東元俊哉/著 講談社
693円
【テセウスの船:修理と部品交換を繰り返し、すべての部品が新しいものに置き換わった船について、元の船との同一性を問う】 北海道の小学校で起きた無差別毒殺事件。主人公・田村心は、その犯人とされた父の冤罪の可能性を信じ、事件のあった村へ。霧を越えて心がたどり着いたのは、事件半年前の過去だった――これまたタイムリープ・サスペンス漫画の傑作。
星新一/著 新潮社
539円
【水槽の中の脳::世界は、コンピュータに繋がれ水槽の中に浮かぶ脳が認識しているだけの電気信号に過ぎないのではという仮説】 身動きができない状態で意識を取り戻した男を描いた表題作『これからの出来事』をはじめとする星新一のショート・ショート集。「おれは生きている。まちがいなく、生きている」という男の言葉が印象に残る。「奇妙な味」がする21篇。