社会の教科書でもお馴染み、室町幕府の初代征夷大将軍・足利尊氏。

源氏の棟梁として、北条一族の率いる鎌倉幕府を打倒し、次いで、後醍醐天皇の親政による朝廷主導の政権を打破して、武家による国家の実効支配を再び手にした傑物である。

一方、その功績に反するように、現代にいたってもなお、彼の人物像およびその評価は、まったく安定していない。

「主君を二度も裏切った変節漢」「朝廷に弓引いた逆賊」という負の評価がある一方で、「現代日本の基礎を創った偉人」と絶賛されている評もある。

歴史の教科書に必ず記載されるほどの人物でありながら、「足利尊氏」という一個人については、その実像を捉えがたい、まさに「鵺(ぬえ)」という日本古来の怪物を思わせるものである。(それは作中でも示されている)

個人の才を全く出さず、周囲に迎合するだけのように見える尊氏を「極楽殿」と呼び、室町幕府の実質的な創設者である弟の直義と、それを支える足利家の家宰・師直の視線から、「極楽殿」である尊氏を主に頂きながら、動乱の時代を生き延びようとする苦悩が、この物語の中枢である。

そして不思議なことに、「極楽殿」を苦心しながら支える直義・師直の二人を中心に、周囲からの人物像を語られることによって、実態が見えないはずの尊氏の姿が、活き活きと浮かび上がってくるのも面白い。

『極楽征夷大将軍』
垣根 涼介
文藝春秋
2,200円(税込)