この物語の主人公・藤井入ってしまえば、ただのさえない男である。

40歳独身、非正規で働く職場では、これと言って仕事が出来る風ではなく、必要とも邪魔者ともされていない。人付き合いもかなり希薄なようで、結婚式に参加し人ことがないという。フィクションにありがちな、こう見えて実は凄い奴、などでもないどこをとっても平凡以下だ

そんな彼が人生をを心から楽しんでいるとしたら意外だろうか。

自由時間は行くあてもなく街をさまよい、陶芸に水彩画、弾き語りなど気になった事柄には何でも手を出している。そして他人にどう思われているかなどということは一切気にしないし、自分から他人に深入りすることもない。

言い換えれば、彼は実現可能な範囲で己の思うままに生きているのだ。

その事に気づくと、段々と彼の行動から目が離せなくなっていく。凡人である彼の日常には、決して特別なことなど何も起こらないのだが、それでも注目してしまうのだ。藤井のように生きられたら、とすら思えるかもしれない。

この作品には現代人は藤井を目指すべき、というようなテーマではないだろう。彼はやはり凡人で、客観的に見れば人がうらやむような人生は歩んでいない。

ただ、自分が幸せであるかどうかは他人が決める事ではない。私たちは己を生き方を肯定し、認めることさえすればいいと教えてくれている。

路傍のフジイ 1
鍋倉夫/著
小学館
770円(税込)